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北米の文系大学教員就職事情(9)

 前回では「日本と北米との間の就職の壁」について述べた。では、英語圏の中では壁があるのか?政治学に限れば、「ある」というのが実情である。(他の分野は知らない。)

 ズバリ言おう。イギリスやオーストラリアのPhDは一部を除いて、北米では通用しにくい。それは訓練のタイプが異なるからである。

 イギリスのPhD訓練方式は、いうなれば秀才型。PhDプログラムは3年で、願書提出時に実はPhD論文のプロポーザルを提出する。その3年間に論文を仕上げるというわけで、基本的に course workや comprehensive exam は課されていない。入学時にPhD論文をズバッと書ける実力がある人が成功するというプログラムだから秀才型なのである。そのかわり、裾野が狭いというか、幅が無い。なにしろ course work と comprehensive exam が無いのだから。そういったことはMA課程でやっておきなさい、ということなのであろう。イメージで言えば、裾野が狭い山。オーストラリアの大学も伝統的にはこのイギリス方式を採用している。

 他方、北米は大衆型。裾野が広い山。秀才でなくても、course work とcomprehensive exam を通じていわばドリル方式で徹底的にやっていく。だから、「凡才」(といってもPhDプログラムに入るのは大変厳しいが)でも、知的体力でもってこなしていけば、PhDを取得できるという制度となっている。その結果、北米のPhD取得者は専門バカではなくて、社会科学方法論ならびに自分の専攻分野以外のこともかなり知っている。(ちなみにMA・PhD両課程を通じて履修する総科目数は普通は10-15であろうか。)

 だから、イギリス方式で訓練された人間が北米の大学で就職しようとすると、要求される知識の幅が異なるので苦労する。前にふれたように、「君はわれわれのよき同僚となれるのか」と採用者側は考える。それに対して「これしか知らないんです。これしか教えられないんです。」となると、同じ競争の場にいる北米型PhDの人間に負けがちになるのは明白であろう。

 たとえば、この点は研究発表の場になると良く分かる。社会科学方法論はいうまでもなく、他の分野に関する知識が乏しければ、身のある質疑応答はできない。何しろ、聴衆は応募者の専攻分野に関してはシロウトなのだから、専門バカ的応答をしていては空振りとなってしまう。その上、自分の専攻分野しか教えられないとなると、いたたまれない。

 もちろん、以上は一般論である。イギリスPhD取得者が北米で仕事を得ることは珍しいことではない。壁を乗り越えることは可能である。しかし、それは上で述べたような一般的構造を越える「何か」をその人が持っているからで、そうでない限り、構造の力に押し流されてしまう。

 私の学生のなかにも、「先生、イギリス(あるいはオーストラリア)でPhDをめざしたいんです」というものが少なからずいる。そういった人たちには、「将来、北米で大学教授の仕事をめざすの?」と問いただした上で、このような事情を説明している。英語圏の中でも、地域によってPhD課程の内容は異なるのである。
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テーマ : 教師のお仕事
ジャンル : 学校・教育

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Author:プロフェッサーX
性格は理系クンに限りなく近い文系学者。仕事の合間をぬって魚釣りにいそしみ、カナダの大自然をエンジョイしている。

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