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教授になる方法:博士号を取得(1)

 さて、ここで話をもどそう。これまで説明したような過程を経て、ついに念願の博士プログラムに入ったとしよう。そのあとは・・・・地獄が待っている!
 かどうかは、個人の主観によるが、とにかく勉強づけの毎日となる。

◆修行のメニュー

 博士プログラムでの「修行」はおおよそのところ、次のようなメニューからなっている(文系の場合のみ、理系は異なる)。
 まず、二年間のコースワーク(10から13科目ほど)から始まる。(成績悪ければ即、退学。)これをこなした後、コンプリヘンシブ・イグザム( comprehensive exams )という筆記・口頭試験を受ける。これに通れば、「ヤレヤレ」ということで無事に博士号候補となる。(落ちれば中途退学となるが・・・・。)
 入学後三年目に博士論文の計画書(プロポーザル)を提出して、それに基づいて資料収集、分析、執筆に突入。この間が基本的に指導教官と一対一の指導を受ける期間である。博士論文の第一草稿――これは大体、本一冊の長さ――が完成した後も草稿の改訂をしつづけて「これでよし」と指導教官が判断すれば博士論文の口頭試問。(途中で、「やめーた」という学生も出てくる。)
 計画書提出からここまでくるのは早くても二年、普通はそれ以上。かかる時間はテーマや様々な事情によって左右されるので一概にはいえない。例えば、海外に出て資料集めとなったり、習得するのに難しい言葉を海外で会得するとなると、口頭試問にくるまで余計に時間がかかることとなる。
 そして、ついに口頭試問に、無事合格すればスゴロクでいう「あがり。」入学した時点からここまでくるのに五年は見ておいたほうがいい。生存率は五〇%(理系では七〇%)程度。つまり二〇人いる同級生が半分ぐらい「生き残る。」

 さて、最初のコースワークというのは、授業科目のことなので読者の皆さんも直感的にオワカリになるであろう。しかし、作業量が多いのだ、ムチャクチャなぐらい。
 わたしの分野では一科目につき「一週間に一冊の専門書を読む」のが普通。三科目を同時に履修していたら毎週三冊の専門書をこなすこととなる。加えて、学期末に論文をおのおのの科目につき一本提出となる。三科目履修であれば三本。この論文作成過程では、毎週のクラス向けに読む本とは別に、関連文献を図書館で自ら集め読破するのが前提。ねっ、作業量が多いでしょ。いやほんと、死にものぐるいとなる――特に外国人学生の場合。
 次のコンプリヘンシブ・イグザムというのは、少々説明を要する。
 端的にいえば、これは特定の科目における「知識の集大成テスト」ともいうべきものである。その内容や方式は博士プログラムによって異なるが、例えばわたしの場合(政治学部)、三科目のコンプリヘンシブ・イグザムを受けた。一科目につき五時間(総計一五時間)のペーパーテストに加えて二時間の口頭試問(総計一七時間のテスト)であった。これらがおおよそ二週間に渡って展開されたと記憶している。テストをうける各科目につ五〇冊以上の文献リストがあって、各リストをマスターすればその科目に関する基本的文献や学説史などがよく理解でき、いわば体系的知識が得られるというものである。
 つまり、このテストに合格することによって、「その科目に関して体系的知識をもっている」――その科目について教えることができる――と言うお墨付きをもらうことになる。
 例えば、わたしが受験した三科目のうちひとつは政治経済学でカール・マルクスの『資本論』やアダム・スミスの『国富論』、さらにはレーニンの『帝国主義』といった古典はもとより、さまざまな基本書や最新の論文まで読んだ。おかげで最近は政治経済学や国際政治経済学の研究をやっていないものの、基礎があるので新しい研究書を見ても、その研究の意義がだいたいは理解できる。このような文献リストは政治学部に置いてあって、自分でコースワークをしながら時間をみつけてはリストされている文献を自主的に読んでいくのである。なかには履修中の授業で使うものもあるし、使わないものある。いずれにせよ、入学後二年のうちにコンプレヘンシブ・イグザムがいやおうなしにやってくるので、それまでに必死になって学生は準備するのである。(わたしの場合、カナダの大学からの修士号を持っていたので、そのぶん博士プログラムでのコースワークの量が減り、博士プログラム入学一年後にコンプリヘンシブ・イグザムを受けた。)
 コンプリヘンシブ・イグザムは「これまで蓄積されてきた知識を理解しているかどうか」試すものであるが、これに反して博士論文がめざすものは「現在まで蓄積されてきた、その知識が抱える弱点を克服する」ことである。つまり、「現在われわれが持っている知識の弱点を指摘したうえで、それを訂正する」というのが博士論文の一般的目的である。そこで計画書ではそういった「知識の弱点」を指摘するだけでなく、「かくかくしかじかの方法でもってその弱点を克服します」という計画を記すのである。そしてその計画を実際に実行して、その結果を博士論文として執筆するということとなる。
 この「現在の知識の弱点をつきつめる、あるいは見極める」という作業は「知識を覚える」という作業とちがって、これまた難しい。そのうえ、その弱点は訂正しえるのか、できるとすればいかにして訂正していくのかという判断もしなければならない。これまた難しい。いうなれば(数年の研究で)訂正可能な弱点を見つけるということになるのであるが、そこまで問題を絞りこむのに時間がかかるのである。指導教官の助けが必要となるのも、理解できよう。
 
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テーマ : 海外留学
ジャンル : 学校・教育

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性格は理系クンに限りなく近い文系学者。仕事の合間をぬって魚釣りにいそしみ、カナダの大自然をエンジョイしている。

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