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教授になる方法:博士号を取得(3)

*では、「博士プログラムに入ってから」にもどろう。今回を含めて、あと2回あります。イザ、まいらん!

◆裏事情

 以上、簡単に博士プログラムを概観したが、かなり厳しいプロセスであることが、すこしでもオワカリになると思う。
 実はもっとある。ソウナノダ。あるある。
 まずは先立つもの――つまりカネである。金がなければ、上記の博士プログラムをこなしていくのと並行してアルバイトするなり、教育助手( teaching assistant ティーチング・アシスタント)や研究助手( research assistant リサーチ・アシスタント )などの仕事をしなければならない。ソノ分、勉強・研究・執筆の時間が当然減ることとなる。それでも、うまくいかない場合は、銀行や家族から学資用の金を借りなければならない。最悪の場合はプログラムを辞める・・・こととなってしまう。
 加えて、最近では博士号のほか、論文を出版していなければ就職戦争に勝てないので、博士論文を書きつつ、別の論文(一本三〇頁ほど)を何本か執筆・出版することとなる。もっと研究・執筆作業が増えるわけ。そして、結婚しているならば家庭生活にも時間を割けなければならない――結婚している大学院生は案外多い。
 以上が現地人の学生の場合。
 外国人学生の場合、まだまだ負担が増える。えっ、と驚くなかれ。ソウナノダ。まだまだあるのだ。
 これまで述べた全ての他、「三重苦」が余分にのしかかってくる。そう、三つのクルシミ。わたしもクルシミました。理系ではこれらのクルシミは少々軽くなるが、文系ではかなり重い。いや、ほんと。
 その第一は、もちろん、英語の問題。聞く、読む、話す、そして書くという作業である。恥ずかしくも、わたしの場合、カナダの修士プログラムに通いはじめた当初は、クラスでの議論についていけなかった(ガハハ・・・・)。それもマッタクと言っていいぐらい。読むスピードも極端に遅い。いやになるほど遅い。それで次週の授業の準備に時間がたいへんかかった(トホホであった)。
 第二のチャレンジは、単に「書く」ことではなくて、「学術論文を書く」というもの。イギリスはいざしらず、ヨーロッパ大陸の大学でも学部生が論文を書く機会というのはあまりない。日本を含むアジアでも一般的にそうである。これらの試験中心主義の大学では、学術論文の書き方を体系的に習わないことがほとんどである。参照文献のリストの仕方から引用の仕方といった技術論はいうまでもなく、学術論文とは何なのか、どのように議論を組み立てていくのかといった内容面に関しても、体系的な訓練を受けていない人間が「では北米方式の学術論文を書きなさい」という状況に直面するのである。それも外国語で。だから、タイヘン。コースワークの際には、基本的に各科目に論文一本が課せられている。であるから、一学期に複数本の論文を並行して作成するのである。
 仮に英語の文法が一〇〇%できても学術論文を書けるものでもない。バイオリンで一音一音をきれいに弾けてもそれだけではバイオリン協奏曲一作品をこなせないのと同様、学術論文という「作品」を作り上げるのには英語文法とは別の訓練が必要なのである。わたしの場合、学部生むけ「論文の書き方」の本、数冊をそれこそ付け焼刃的、泥縄式に読んだりした(これまたトホホであった)。
 最後のクルシミは、母国の学部時代に学んだ学問は、基本的には北米では役にたたないというつめたーい現実である。つまり事実上、頭をきれーいに空っぽにして、一からやり直すしかないのである。これまた、驚かれるかもしれないがジジツなのだ。(理系はともかく、文系でも経済学・心理学ではそんなことはない。が、その他の社会科学ではこれがほぼ当てはまる。)
 例えば国際政治学。
 日本では中規模以上の大学でも一学部に一人の国際政治専門家がいるというのが普通である。多くても二・三名。少数の大学では五・六名いるがそれは例外である。北米の中規模大学の政治学部ではこの逆。つまり六名ぐらい国際政治学者がいるのが普通。もっと大きいところでは一〇人から一五人はいる。となれば、日本では国際政治学入門科目を二年生のときに受講したら後はその先生のゼミに入ることとなり、幅広い、かつ体系的な国際政治学の訓練は受けることができない場合が多くなる。
 そういう人間が国際政治学の本場である北米の大学に行くと、日本で学んだこと(日本外交関係やアジア関係以外のことは「輸入学問的」要素が強い)は断片的(非体系的)か表面的、あるいは一昔前の議論であったことに気がつくのである。最悪の場合、曲解されたものを日本で習っていたということもありえる(昔、これ、ありました)。新しい概念もどんどん出てくる。それに加えて社会科学方法論も体系的に日本で学ぶ機会があまりないので、その点でも自分に基礎がないことに気づく。となれば、北米の学部で使われている教科書を読むなどして自力で基礎力をつけるしかない(大学院のクラスの準備の他にこれをするわけである)。大学院のクラスで横にすわっている同級生が持っている基盤がないのだから、どうしようもない。だから、一からやりなおしとなる。
 これら三重苦をゼーンブ乗り越えていかないと、良い成績が修められない。落第とまではいかなくても、成績が悪ければ奨学金がもらえなくなったりする。だから必死となる。昔の関西風にいえば「必死のパッチ」――なぜパッチなのか未だにわからないが、関西ではそう言っていた(パッチとは長いモモヒキのこと)。
 まさにパッチ――じゃなかった、必死。一日二十四時間しかないことや、頭がひとつしかないことが恨めしくなるぐらい。それにストレスのあまり体調が崩れれば元も子もないので、この点でも注意が必要となる。心の病も含めて。
 しかし、皆さん、人間とは強いもの。なんとかなるものなのである。三重苦でもなんでも。そんなときでもあきらめずに、光ゲンジの「勇気100%」風に「そうさ100%元気~、もうがんばるしかないさ~」と努力していけば道は開ける。そうなれば、水戸黄門の主題歌「ああ人生に涙あり」にあるように「涙の後には虹もでる」となろう。美空ひばりも「川の流れのように」で歌っています。「雨に降られてぬかるんだ道でも、いつかはまた晴れる日がくるから~」と・・・いや、失礼しました。つい興奮してしまいました。(このあたりで「もうええっ、ちゅうーにー」という関西風のヤジが入りそう・・・・。)
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性格は理系クンに限りなく近い文系学者。仕事の合間をぬって魚釣りにいそしみ、カナダの大自然をエンジョイしている。

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