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テニュア、悲喜こもごも

 北米の大学では、アシスタント・プロフェッサーとして就職してから6年ほどしてテニュア審査というものをうける。

 終身雇用に関する審査である。基本的には、それまでの研究業績で決まる。就職して6年間は、いわば試験期間。

 研究業績が十分であれば、テニュアをもらえ、その大学で引退するまで勤め続けることができる。

 そうでなければどうなるか。他の大学から「テニュア付きでウチに来てください」と招待されるか、あるいは一からやり直す(つまり他のアシスタント・プロフェッサーの職に「PhD とりたて!」の連中とともに申しこむ)こととなる。前者は稀(アイビー・リーグの大学でテニュアをもらえなかったという時など)。ほとんどが、後者の「一からやり直し」となるか、最悪の場合、この業界から転職することとなる。いずれにせよ、これまで勤めていた大学から去っていくというのがルール。

 どのレベルをクリアーすればこのテニュア、もらえるのか? それは審査をする学部で、あらかじめ決めてある。分野によって異なるし、同じ分野によっても大学によって異なる。具体的には、例えば、その分野でトップ5に入る学術誌に論文が掲載されたことがあるとか、何本の査読論文(あるいは本)を発表していることとか、そういうルールに基づいて、テニュア判定が決まる。

 学部の中で審査委員会があって、まずそこで審査。(人間なので審査委員の主観が審議に入り込むことは否定できない。)そこでOKとなれば、次に大学レベルで審査がある。そのレベルで却下ということも、ありえる。最終結果が出てくるまでに書類提出してから半年から一年かかる。

 テニュアをもらうため、大学院時代と変わらないスピードで研究にいそしむこととなるのは簡単に想像できよう。テニュア獲得に成功するかどうかは、北米の大学人にとっては死活的に重要なので、皆、血眼になる。

 テニュア獲得に成功すれば、万々歳。これにて財政的安定が獲得できる。ダメな場合は・・・・悲惨。目もあてられない。そうでしょ。6年がパーとなるんだから。まさに、天国と地獄。

 最近、私の周りで成功例一つ、失敗例が三つ、あった。

 まず成功例。この人は、オーストラリアの大学から移ってきて、努力の末にめでたくテニュア獲得。この人、もともと北米の大学でアシスタント・プロフェサーをやっていたが、家族の事情でオーストラリアに渡っていた(そこでもアシスタント・プロフェッサーをやっていた)。で、北米にもどってきて、やり直ししたわけ。子持ち、40代。アジア人。

 失敗例の第一は、テニュアをもらえずに、別の大学に移り、現在そこで客員待遇という人。これまた子持ちで40代、それにアジア人。彼の心のうちはいかばかりかと思うことしきり。北米で「一からやりなおし」するのであろうか。それとも母国に帰るのであろうか。

 第二の失敗例には、これまた心が痛む。学者夫婦で、同じ大学に二人して勤めていたものの、そのうちの一人(妻のほう)がテニュアもらえなかった。で、彼女は別の都市にある大学に移った。夫は、彼女と一緒にその都市に移り、もとの大学に通っているとか(飛行機で)。

 第三の失敗例。敵前逃亡。つまり、審査の年に突入する前に「この研究ペースではテニュアにおぼつかない」と判断して、勤務先の大学を辞めてしまった。辞職。

 テニュアについては、悲喜こもごも、いろんなドラマがある。




 
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テーマ : 教師のお仕事
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Author:プロフェッサーX
性格は理系クンに限りなく近い文系学者。仕事の合間をぬって魚釣りにいそしみ、カナダの大自然をエンジョイしている。

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