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教授になる方法:就職活動(1)

 職をえる、食い扶持をえる、というのは人間生活にとって欠かせない。学者カギョーも例外ではない。コーショーなことを言ってても、食べなければならない。人並みの経済的余裕もほしい。大学教授も人の子である。
 研究さえできれば「赤貧洗うがごとし」でもかまわない、という絵に描いたような大学教授・・・・はゼロ――少なくともわたくしの周りには。それどころか、副業(コンサルタント業)でシコタマ儲けている輩もいる――とくに世間で売れる技術を持っている連中は。あるいは、起業してしまって大学を離れる教授もいる――数はたいへん少ないものの。
 いずれにせよ、大学教授になるには、当然、まずは大学に職を得ないとどうしようもない。しかし、そこまでたどり着く道は、美空ひばりの「川の流れのように」調にいえば「凸凹や曲がりくねった道」なのである。

◆「罠」の数々

 そもそも、経済面からみれば、このギョーカイ、実はハンディキャップが大きい。
 まず、大学院を終了して博士号を無事に取得するまで、定収入は基本的には奨学金のみ。しかも額が大きくないので、貧困レベルの生活を強いられることとなる。奨学金のほか、教育助手や研究助手といった大学内の仕事をして生活費を稼ぐというのも典型的なケースである。なかには銀行からお金を借りる学生もいる。勉学に差しさわりのない程度まで、大学外の仕事にたずさわらざるをえない者もいる――わたしが大学院生のころ、「タクシーの運転手をする大学院生」の話がまことしやかに語られたものである。いずれにせよ、これらの副収入はパートタイマーの収入の域を出ない。そう、日本語でいうパートさんやテンプさん。
 月給生活が始まるのは、助教授になってから。わたしの場合、恥ずかしながら三十三歳まで月給生活を始めることができなかった。それまで、「家族を養う大黒柱」というような存在ではなかったのである。学部卒業と同時に就職した元同級生と比べれば、一〇年間ものギャップがある。一〇年遅れで、初めて、一応安定した経済生活を始めることができたのである。(そのうえ、テニュアーをもらって准教授に昇格するまでは、終身雇用権がないというオマケまでついている。テニューアについてはくわしくは後述するが、簡単に言えば就職して数年後に「合格」してもらえる終身雇用権のこと。)
 もう一つのハンディキャップは、苦労して博士号を取得したとしても――入学した者のうち半数は脱落するのが北米の博士プログラム――就職先が見つかるとは限らないことである。文系では博士号(PhDという)をとった後の「賞味期限」はたったの三年ほど。その間に就職が決まらないと、大学教授の定職につけず非常勤講師として一生過ごさざるをえない可能性が高くなる。この非常勤講師という生業、仕事量がたいへん多い割りには給料はパートタイマー程度であって、コレ一本だけで安定した生活をすることはトウテイできない。
 そして「賞味期限」の間でも「アリ地獄」に陥る危険があるのだ。つまり、一度「生活のため」と称して多くの非常勤講師の仕事をこなし始めてしまうと、研究に費やす時間が全くなくなってしまい、肝心の論文が書けなくなる。論文が書けないと「非生産的な学者はイラン」ということになり、就職できるチャンスは低くなる。しかし生活のためには非常勤講師をつづけなければならない・・・という「アリ地獄」である。
 ちなみに、日本の博士課程を出ても、日本の大学で就職が見つかるのは普通、生易しいことではない。
 「三十五歳までに就職できないと他の業界に転向するしかない。」
 「四〇歳になってやっと就職できました。涙・涙・涙・・・・うれしくて、うれしく て。」
 「非常勤講師、数件カケモチしています。」
とかいう話がカナダまで聞こえてくるぐらいである。どこでも大変の様子。

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テーマ : 海外留学
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性格は理系クンに限りなく近い文系学者。仕事の合間をぬって魚釣りにいそしみ、カナダの大自然をエンジョイしている。

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