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教授になる方法:就職活動(2)

◆就職までの道

 「ふむふむ、そしたら、どないしてシューショクするのん?」
とあなたは思うかもしれない――とくに関西系。
 よくぞ尋ねてくださった。オオキニ。
 まず、公募がある(そのテの業界紙などで見つける)ので、それに申し込む。履歴書、これまで出版した学術著作、教歴を証明できるもの等々をカバーレター( cover letter 自分を売り込むための手紙)を添えて送る(学術著作の数と質が特に大切)。加えて、推薦状を三本ほど手配する(指導教官とかに依頼する)。日本語でいう完全公募で、「出来レース」はほぼ皆無と思ってよい。自分が博士号をとった大学の職に応募するのを禁止している大学も多い(著名な例外は昔のハーバード大学(米国))。
 そうなんです、自分の出身大学には博士号取得直後には勤めることができないというのが普通。少し前の日本では逆の原則が普通であった。そう、逆。つまり自分の出身大学にしか勤めることができない、あるいは採用する方としては自分の大学出身者を最優先して雇うという原則である。このような自己培養型、日本でもまだ残っているような気がしないではないが、まあ、昔はもっとすごかった。
 本題にもどって、北米の話を続けよう。
 一つの職に一〇〇以上の応募者が殺到するのは、最近では普通だが(そう、それだけ競争が激しいというか就職先の数が多くないのだ)、書類選考で三・四人まで絞られる(ショート・リスト short list という)。そして、ショート・リストされた者たちが一人一人個別に招待される。そのとき、学部の採用委員会による面接の他、その学部に所属する教員・大学院生一同の前での研究発表をやらされる。さらには、実際のクラスで講義をしたり(教育技術のデモンストレーション)、大学当局の役職についている人たちとの面接、大学院生との面談などが課せられることも多い。そして一連の招待がおわったところで、ショート・リストされた候補者たちから一人選ばれるわけである。(好ましい候補者がゼロの場合は、公募のやり直しとなる。)
 候補者側からこのプロセスをみてみよう。
 まずショート・リストされたならば、研究発表の訓練を集中的にする。(何回応募してもショート・リストされなければどうしようもないのはいうまでもなかろう。)面接の練習もする。講義の練習もする。なにしろ当日、緊張するのは眼に見えているのでリハーサルが有用なのだ。
 実際、採用するほうからみれば、練習してきた候補者とそうでない候補者との違いはキッチリわかる――いるのである、あきらかに練習せずにヌケヌケと研究発表する人が。このギョーカイ、研究発表の成功・失敗は採用・不採用の決定に重要な意味をもっている。この研究発表の場では、聴衆側は注意深く候補者を吟味する。いわゆるフォーマル・プレゼンテーションなので、発表する方も発表を聞く方も真剣勝負である。
 発表内容や発表方法はもとより、発表の後の質疑応答中の態度も良く見ている。部屋にいるセンセーたちは、「このワカモノ、われわれの同僚としてやっていけるタマなのかどうか」とじーっと観察しているのである。研究の質はどうか、研究内容を専門家ではない(しかし同じ学徒としての)同僚に理解できるべく説明しているのか、つまり学問のプロとしての発表となっているか、というのが教授センセーの関心である。はたまた、質疑応答の時間中、少々いじわるな質問をする老教授もいよう。質問の内容がわかりにくいときもあろう。しかし、いかにプロフェッショナルな対応を候補者ができるのか、聴衆側は見きわめようとするのである。
 このような場で多くの候補者が犯す基本的な失敗、というものがある。あるんです、ハイ。それは、自分の専門分野をくわしく語るだけというもの。発表している部屋の中では、その内容を正確に理解できる人は候補者だけとなり、聴衆側の反応は「?」となる。それはそうであろう。その専門分野のプロがいないからこそ聴衆側は公募を出したのであるから。
 聴衆側が知りたいのは、ズバリ、候補者が学問の同僚としてやっていけるかどうかなのである。つまり「専門バカ」ではなくて、「その専門知識を他の学徒の関心につなげることができる人物ーーつまり、いっしょにやっていける同僚」を探しているのである。「この学部に来るのなら、我々の知的関心と直接つながる形でアナタの研究成果の意味を説明してくれ」という気もちで聴衆側は構えている。その期待に添わずに研究発表を終えてしまうと「空振り」となってしまう。まさに聴衆側――将来の同僚たち――とスレ違ってしまうという失敗、波長をあわすことができなくて沈没してしまうという失敗といえよう。
 それは、まさにわたしがやり続けた失敗であった(涙・涙・涙・・・・)。
 就職成功率を最大にするため、日本政治(ならびに外交)やアジア政治の公募に――さらには無謀にも直接関係なさそうな分野の公募にさえ――願書を出しつづけたわたしであったが、研究発表の場で「日本のことをあまり知らない人たちに、日本のことを細かくしゃべる愚」を繰り返したのである。そもそも、日本政治の専門家が必要なので政治学部は日本政治担当助教授を募集する。その政治学部が求めているのは、政治学の一般的概念や枠組みで持って日本政治を説明できる人材、そして日本政治における知見の意義を一般的な政治学の問題につなげる形で解説できる人材であって、単なる「日本政治のことをよく知っている者」ではないのだ。幸い、現在の勤務校に就職が決まったものの、今から思い返せば、まさに冷や汗ものである。
 いまでも就職が決まったときの喜びを思い出す(涙・涙・涙・・・・)。就職後、しばらくたってから分かったのであるが、さまざまな運やご縁、さらには影の支援などもあり、現在の勤務校に奉職させていただくに至ったのであった(またもや涙・涙・涙・・・・)。
 今は採用する側にいるので、採用プロセスの実態がわかる。よーーーくわかる。
 そのようなプロセスでは、他の就職活動の場合と同様に、候補者自身がではどうしようもできない要因があって、それが採用決定に大いに影響することが多々ある。具体的にいえば、その年の採用委員会の構成や応募者のプールの量や質、さらにはそのときどきの採用優先方針(例えば女性を優先するというもの)など、候補者の実力以外の要因が大きく働く。ということで、ショート・リストまで行った後に残念ながら不採用となっても、それは候補者が無能というのではなく「今回、たまたま運がなかった」だけなのである。
 まさに運と縁。実力はあるに限るし、練習はするに限るが、だからといって必ず就職できるというわけでもないのが、人生のアヤなのであろう。

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テーマ : 海外留学
ジャンル : 学校・教育

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性格は理系クンに限りなく近い文系学者。仕事の合間をぬって魚釣りにいそしみ、カナダの大自然をエンジョイしている。

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