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プロフェッサーとは?(2)

◆プロフェッサーの呼び方

 英語で大学教授を呼ぶときは、その教授のランク(正教授、准教授、助教授)に関係なく、名前にドクターあるいはプロフェッサーをつける。たとえば、「ドクター田中」( Dr. Tanaka 田中博士の意)か「プロフェッサー田中」( Professor Tanaka 田中教授の意 )となる。正確にいえば、ドクターの称号は博士号を持っている人にしか付けない。つまり、博士号をもっている大学教授に対してはドクター、プロフェッサー、どちらでも使用可能だが、博士号を持っていない大学教授は「プロフェッサー何某」としか呼べないのである――正確にいえば。しかし、実際には、北米では、後者のような大学教授は例外的な存在で、ほとんどの大学教授(助教授以上)は博士号を持っている。したがって、そんなに神経質になる必要はなかろう。
 一番無難なのはプロフェッサーをつけて大学教授の名前を呼ぶことである。わたしも、初めて会う同業者――あるいはメールで初めて応答する同業者、またはそれらしき人――に対してはそうしている。日本語にすれば「何々教授」となろうか。クレジットカードか何かの申請書に「名前の前につけるのは以下のうちどれがいいですか」とあって、プロフェッサーがミスターやドクターなどと一緒に並んでいることがあるほど「流通」している肩書きである。
 ちなみに、ミスター(女性の場合はミズ Ms )を名前の前につけるのは(例えば Mr. Tanaka )高校の先生の場合は良いが、大学の先生の場合はやめたほうがよい。高校出たての大学生が間違って使うことがあるので、わたしも連中に注意することがある。高校の先生と違って、大学教授は教育のほか、研究をすることが本分なので、ドクターをつけるのが筋なのである。実際、博士号を取得する際の基準は研究成果(つまり博士論文の質)のみであって、教歴は一切関係がない。
 それと教授が自己紹介するときは、北米ではドクターとかプロフェッサーとかつけずに「ロバート・ブッシュです」とか簡単にすますことが多い。わたしもたいていはそうしている。
 が、私の場合、大学内で知らない事務員と話すときに、ときどき学生に見間違われることがあるので、自分の姓の前にプロフェッサーをつけることがある。
 「えっ、センセーって、そんなに若作りなの?オヤジのはずなのに!?」
と早合点するなかれ。そう、オヤジです、このわたし。
 うちの大学では中年の学生(いわゆる社会人学生)もいるのだ。だから、年齢だけでは学生か教授か判断できないことがままある――それに、わたしはスーツ・ネクタイ姿ではなく、ラフな格好でいることが多いので、学生っぽく見えるらしい。格好すがたが若くみえるという理由ではないのである――残念ながら。

◆プロフェッサーと博士号――ひと昔前の日本

 普通、北米では博士号( PhD )をもっていないと助教授になれない。日本でも最近は同様であるが、昔はそうでなかった。
 ここ二〇年ほど前までの日本では、日本で取得された博士号と北米での博士号に対する態度が異なっていたのである。つまり、北米では、昔も今も博士論文( PhD dissertation )を含む博士課程を終了すれば博士号が出る。それが取得できた段階で「ドクターなにがし」と自分を呼べるのである。
 対照的に、ドイツ型の学制を長年とってきた日本では、博士号というのは大学院出たてのチンピラにやるものではなく、大学院のあとも教員として学問を何年も研鑽しつづけ、その道を極めた者に与えるものであった。(実際、ドイツではそのような博士号をもっている大学教授を単なるプロフェッサーと区別している。)日本式にいえば、この伝統的な博士は「論文博士」となる。つまり、論文――といっても本の長さなのだが――を教員職についた段階で出してもらう博士号という意味である。北米ではこのような意味の「論文博士」という言葉・概念自体が存在しない。
 このように、同じ「博士号」といっても北米のそれと日本のそれとは意味が多いに異なっていたのである。言い換えれば、北米の博士号は学者人生を始める「運転免許証」みたいなものなのに対して、日本のものは「研究人生の成果をたたえる勲章」という価値をもっていたといえようか。
 であるから、その昔には、エライ「和製博士号所持者」センセーたちは、北米の博士号を取って帰国した若い日本人研究者に対して「そんな博士号は本当の博士号ではなーい」という態度をアリアリととっていたらしい。おもしろいことに、逆に北米の人間からみれば、博士号をもっていない人物が大学教授をやっていることがトッテモ奇怪にみえたとか。
 このギャップは、日本の横綱級である某大学のとある学部になるともっとひどかった。なにしろ学部生で最優秀なのは、すぐそのまま助手採用。大学院に行かないのである。で、そのままどこかの助教授におさまったわけ。つまり、博士号どころか、修士号さえも持っていない大学教授の誕生である。「学士号だけもっている大学教授」というのは事情の知らない北米人からみれば、まさに謎の存在――「えっ、そんなん、あり?」といわれる対象――であろう。
 ちなみに、これと似たようなことはずっと昔の日本の外務省にもあったらしく、「学部在学中に外交官試験に合格、学部中退、外務省就職」というのが優秀だとされたとか。つまり学部を終わってよりも、終わらない前に外交官試験に合格するのがスゴイ、とされたわけある。しかし、事情をしらない北米の人間からみれば、学士号さえもっていない人物――つまり、高卒か大学ドロップアウト――が日本では外交官になったわけで、これまた奇怪に見えたことであったろう。
 
◆日本も北米式になってきた

 まあ、いろいろ、ヤヤコシイことがあったのだ、日本の中では。
 しかし、これまで「北米の博士号組」が日本の大学で数多く採用されてきた結果、上で触れてきたようなことは今では少なくなったのではと思われる――日本の大学で勤務していないので正確なところはわからないが。さらには最近は日本の大学でも「運転免許証としての博士号」をどしどし出すようになった。(論文博士と区別するために「課程博士」と呼ばれている。)それどころか、論文博士の制度そのものが、ここ数年で終了するかも、という方向にある。
 このように、我が祖国ニッポンも様変わりしつつある。
 わたしの知っている範囲でも、自分の学生に「海外に出て、武者修行してこい(訳:博士号をとって帰ってこい)」と積極的に薦める大学教授もおられる。ちなみに文系で博士号をキチンととって帰ってくるのは五〇%ぐらいといわれている。「とれない」、「意識的にとらない(日本に職が確保されているので必要なし)」の両方ふくめて五〇%。また、北米の博士号を取得している人物を優先的に採用する(暗黙の)傾向があると思える学部・学科もある。(もちろん国文学とか、「純国産型」のところは別である。)理科系はもとより経済学においてこのような傾向がとくに強いという印象をわたしは持っているが、わたしの分野においてもこの傾向は最近どんどん強くなっている。
 このように、博士号という学位のもつニュアンスが時代によっておおきく変化してきた。概していえば、日本の制度が北米の制度に近づいたといえようか。その結果、日本でも「博士号をもっていないと大学教授になれない」という制度になってしまった。日本の大学で求人公募条件をみていても、「博士号ならびに論文三本以上」(この「論文」、もちろん博士論文を含まない)というたいへんキビシーイものである。横綱級大学の公募で「博士号ならびに論文五本以上」というのを見たこともある――「院卒、新人」むけの条件ですよ、これらすべて。
 アメリカの博士号を持っているわたしとしては「これは大変、ケッコーなことでアル」と言いたいところであるが、少し考えればそうとは言い切れないものもある。「なんや、シンキクサイ言い回しやな、はっきりセイ!」と関西系のご批判を受けそうであるが、「北米型万々歳!」とは吹っ切れないのである、正直のところ。
 まず「運転免許証」としての博士号が出されるので、乱造のケがないではない。そして、いわゆる国家試験みたいな全世界共通の資格テストがない――アメリカでも国内共通の大学院卒業テストはない――ので、博士号の質は不均等となりがちである。国家試験なしで、医学部を卒業さえすれば医者として開業できる、といった状況を想像されればオワカリになると思う。ということで、北米でもピンからキリまでの博士号がチマタにある、というのが実情。統一型の品質管理制度が全くないわけではない(例えば、うちの州では州政府の検査を経ないと、博士課程を新設できない)。が、基本的には各大学に品質管理は任されているといってよい。
 「運転免許証としての博士号」という制度は、こういった特色があるのである。それに輪をかけるように、北米型の博士制度をとっている国々の間でも博士号の質が違う。理系はいざしらず、文系におけるわたしの少ない経験からみても、「北米の審査だったら、これではちょっと通らないんじゃ・・・・」という某国(日本ではありませんよ!)の博士論文を見たことがある――その国での基準からみればOKなのだが。
 いずれにせよ、長所・短所だきあわせで北米型の博士制度を日本は採用してきたのである。北米の博士号を取得して帰ってきた日本人は昔は肩身が狭かったものの、今では大手を振って闊歩している。ということで、アメリカの博士号を持つわたしの肩身も、日本では窮屈でない――ここで、「そもそも日本の大学で教鞭をとってないんやから、そんなん、あんまり意味ないガナ」という関西系のツッコミが聞こえそうであるが。

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テーマ : 海外留学
ジャンル : 学校・教育

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Author:プロフェッサーX
性格は理系クンに限りなく近い文系学者。仕事の合間をぬって魚釣りにいそしみ、カナダの大自然をエンジョイしている。

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