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教授稼業の実態:セクハラ防止策(1)

 セクシャル・ハラスメント( sexual harassment )、いわゆるセクハラに関しては北米の大学は日本の大学同様、大変敏感である。「教授・学生」は「採点する者・される者」という権力関係にあるのはいうまでもない。そこで、教授が権力を乱用して性的いやがらせを学生に強要する可能性をなくそう――というのがセクハラ防止策の主旨である。ここでいう「性的いやがらせ」とは物理的な行為から雰囲気醸成といったものまで含まれる。例えば、体にさわるというものの他、不適切な発言を繰り替えすというものもある。
 たいていは教授が男性で学生が女性と想定されるが、それ以外のパターンもありえる――男女逆の場合や同性同志の場合も含めて。 
 もちろん、セクハラ事件が実際に起これば、それはたいへん由々しき問題でキチンと処分すべきである。学生が泣き寝入りしなくてすむような制度作りも大切であろう(例えば大学当局直結の専門担当機関を設立するなど)。しかし教授という立場からみて、セクハラ防止策に関する一つのポイントは、「セクハラ事件」そのものが起こらないようにするのはむろんのこと、「セクハラ事件と見えかねない状況」が起こらないようにすることと思われる。
 つまり、「セクハラなんかマッタクするつもりがないのにもかかわらず、セクハラ犯罪者のように見られてしまう」といったような状況を教員側がソモソモ作らない、そのような意味の防止策である。「加害者としての疑いをもたれないようにするための作戦」ともいえようか。

◆密室はだめ

 この意味でのセクハラ防止に関しては大学レベルでのルールもあるが、各教員も個人レベルで様々な防止策をアミだしている。
 わたしもしかり。
 例えば、学生が研究室に訪ねてきたときは、必ずドアを開けたままにするのが、わたしの方針。
 そう、ドアを開けておく。
 少しだけ、というなケチな話ではなく、ドバーッと全開。豪快に開けておく。廊下から研究室の中が丸見えとなる、それぐらいに。
 なぜか?
 もちろん、イザとなれば、わたし自身が部屋から逃げ出すためである。「カヨワキ学生」が逃げるためではない。わたしのほうがカヨワイのである。
 密室をつくらない、これが原則。
 普通ありえないと思われるが、仮に女性が自ら服を引きちぎって「教授に襲われた!」と研究室で叫びだしたとしよう。もちろん、これはあくまで仮定の話である。いいですか、仮定の話ですよ(くどいけど)。このようなシナリオにおいては、密室では第三の目撃者がいない。わたしの無実を証言してくれる人がいないのである。で、当然のごとく、わたしに容疑がかかることとなる。こうなれば、わたくしの人生、メチャクチャである。教授生活サヨウナラ。社会的にもマッサツとなる。
 ドアを開けておけば、目撃者がいるかもしれない。何しろ声が外にキレイにもれる。それに、女性が何かおかしな動きを少しでもし始めたら、その段階で脱兎のごとく研究室から「だーっと」わたしが逃げ出すことができる(わかりますか、このシャレ、いやダジャレ。これがいいたかった。あー、すっとした。おや?急に気温が下がったゾ。)
 ドアを全開にしておく。これで安心して学生と研究室で話をすることができるのである。
 この「ドア全開作戦」で十分とわたしは思うのであるが、研究室そのものに学生を入れないという神経質な教授もいる、と聞いたことがある。
 そう、入れないのである、学生を。
 この教授、ドアを開いた研究室に自分がデンとすわって廊下に面し、廊下に椅子をおいて学生はそこにチョイと座らせるというわけ。それで学生と会話する。廊下に座っている学生は常に誰か第三者に見られているというのが、この作戦のミソ。ちょっと極端とは思うが、かといって「そんなん、むちゃくちゃヤン」と笑い飛ばせない部分もあるのがツライところである。それほど注意が必要なのだ。
 繰り返しになるが、加害者として疑いをもたれないようにする作戦の基本は「密室で学生と一対一にならない」ということと思う。それが研究室、ホテルの一室、あるいは自宅でも。場所にかかわりなく、「密室で一対一」は避けるべし。ドアがガラス張りになっている(中が丸見え)なのでドアを閉めていても大丈夫――廊下が騒音が入ってこない利点がある――という研究室の話を聞いたことがあるが、これも密室防止策の一形態であろう。教授のプライバシーは制限されるかもしれないが。
 この原則は「疑われるようなことは慎む」と言い換えてよいかもしれない。四字熟語でいえば「李下之冠」(李下に冠をたださず)。
 幸か不幸か、北米の大学では日本式のゼミがない。セミナー方式のクラスはある。が、「ゼミコンパ」や「ゼミ合宿」というような団体活動現象にみられるような社会共同体としてのゼミ、というものは北米の大学には見られない。コンパや合宿に参加する日本の教員は、そのような場でも「加害者として疑われるようなことは慎む」ことを心がけねばならないので、いろんな気苦労があろう。北米で勤務するわたしにはわからない気苦労が。
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テーマ : 教師のお仕事
ジャンル : 学校・教育

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性格は理系クンに限りなく近い文系学者。仕事の合間をぬって魚釣りにいそしみ、カナダの大自然をエンジョイしている。

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