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「クール・ジャパン」を教える(2)

◆「教える」ことのむずかしさ

 このように、学生の間に人気がある「クール・ジャパン」。
 日本研究に関する三年生コースの担当となった数年前、「それでは、それを取り上げてみっかぁ」ということでやってみた。三〇人規模のクラスであったが、学生登録はアッという間に満杯。それでも「聴講させてください!」と何人もの学生がやってきた。その前に同じコースを「現代日本の政治経済」という堅苦しいテーマでやった時に集まった学生は、たったの五人。ドえらい差である。
 しかし、である。
 教員として困ったことには、適当な教科書や学術論文などが――それも三年生むけにピッタリのものが――当時はあまりなかったのである。なんとか一冊、論文集を見つけ、わたしもそれを読み、そのほかの教材もみつけ、なんとか準備を整えた。
 ところが、やはり限界があるのである。
 もちろん、マンガを読むのは面白い。アニメを見るのも、日本のJPOPを聞くのも楽しい。ところが、それらについて何を「教える」というのであろうか。
 実は、学問的にいえば、大衆文化現象を教えるのならば、文学や文化人類学、さらには社会学などの分析方法を用いることとなるのだが、そんなことはできない。私個人でもこれら三つの異なる分野をカバーして勉強するのは大変である。ましてや、学生にできるわけがない。(学生の多くは経営学部や実学系出身で、彼らに社会科学的素養を期待できなかった。)
 しかし、分析方法マッタクなしでは分析できない。教員としてはアニメを学生に見せて「これはいいですねー」とかお茶を濁せないことはないが、やはりそれは良くない。
 いろいろ思案した後、わたしが一方的に「教える」というのではなく、学生自身に、自主研究をやらすことを方針とした。そして、コース前半ではその下準備として三つのことをした。まずは、教科書などを読んで思考の共通基盤を学生の間に作ること。まあ、これは正攻法。
 第二に、日本文化が北米(とくにアメリカ)に輸入されるとき、どのような変化が起こるのか(そしてなぜ起こるのか)という文化伝播に関する一般的問題を提起し、実例として日本のアニメ番組を取り扱った。
 たまたま手元にあった「美少女戦士セーラームーン」の日本語版と英語版(同じエピソード)のビデオを実際に見て、違いを分析したのである。(娘が持っていたものが役にたった。わたしのものではアリマセン!娘のものです!)
 また、セーラームーンの日本語のオリジナルの主題歌を英語に訳し、それを英語版主題歌とつきあわせて比較したりもした。英語版は日本語版とかなりニュアンスが異なる――アメリカの視聴者の好みに合わせて変えられたのであろう。(ご関心あれば youtube で sailor moon op English で検索してください。 ちなみに、op というのは opening song 主題歌のこと。English のかわりに French とか Germanとかもやってみてください。音楽が違ったものになっているのに驚かれると思います。同様に、お好みのアニメでも多国間の比較ができます。 ポケモン Pokemon とか。)
 三番目の下準備として、「水戸黄門」をビデオで見せた――それも英語字幕なしで。
 あのミト・コーモンです。
 日本語がわからない学生にどれだけ画像のみで、日本文化のコミュニケーションが可能か実験したのである。そう、時代劇。これぞ日本文化。字幕なしで、どれだけストーリーが理解できるか!?
 ちなみに、うちの妻は日本語マッタクだめだが、「時計を見なくても『ミト・コーモン』を見れば時間がわかる」とノタマウ。
 例えば、やくざに絡まれた町人(あるいは農民)を助さん・格さんが助けるところで「番組開始五分後」、葵の紋が入った印籠を見せるシーンが出れば「番組終了五分前」といった具合である。
 で、うちの学生はどうであろうか。こう思ったわたしは、ビデオを見せるまえに水戸光圀とはいかなる歴史上の人物であったか、ドラマ「水戸黄門」の基本設定はどうなっているのか等々、説明した。
 で、ビデオを見せたわけ。はじめの一〇分でとりあえずビデオを止めて、「どう、何か質問ある?」と尋ねた。
 「センセー、どの人物がミト・コーモンなんですか?」
この質問にはわたしも思わず椅子からずり落ちた。「水戸黄門=ご老公」というのを言い忘れていたのである。あまりにも当然視していたのであった(だって、そうでしょう、読者のみなさん!)。気をとりなおして尋ねてみれば、助さん、あるいは格さんをコーモン様と思った学生もいた。
 その後、番組を学生とともに見続けたが、わたしが単純と思っていたストーリーも、英語字幕なしでは学生が理解できないみたいなので、途中で止めてしまった。学生に指摘されて始めて気づいたのであるが、日本人同士が暗黙のもとに了解しているさまざまな点を前提にして「水戸黄門」が作られているのである。
 例えば「親の仇をうつのは良いこと」というもの。うーん、これは非日本人には分かりづらい。
 それにもかかわらず、英語字幕があれば非日本人はストーリーの展開をなんとか追うことができるが、そうでなければチンプンカンプンとなってしまうらしい。
 人間の意思疎通のうち言語によるものは実はほんの少しで、そのほとんどがボディーラングエッジ(体による意思表示)などの視覚によるものと言われている。そしてそのような視覚による意思疎通は文化を通して成り立っており、文化を共有しなければジェスチャーの意味も共有できない。「水戸黄門」の実験はまさにこのことを示したのであった。

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テーマ : 教師のお仕事
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性格は理系クンに限りなく近い文系学者。仕事の合間をぬって魚釣りにいそしみ、カナダの大自然をエンジョイしている。

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