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偽の学者像、真の学者像(2)

◆期待される教授像

 端的にいって、学者は皆、スーパーマンでなければならない――こととなっている。少なくともうちの大学ではそうである。つまり、マルチタスク(数々の作業をこなすことの意)が常態。研究・教育・行政、これら三つ全ての活動分野において優秀でなければならない。

 より正確にいえば、これら三つの活動すべてにおいて、それ相当の業績を上げることが想定されている。そう、全部。
 
 では、この制度下での「期待される教授像」は何か?ああ、考えるだけでもオゾマシイ。

 第一級レベルの研究をバンバン発表し、講義も充実、教室が常に「御礼満員」となるほどで、行政における運営手腕はもちろん群を抜いており、明確な戦略ビジョンでもって皆をグングン引っ張っていくだけでなく、学外においてはメディアで有名、講演会では感動あふれるスピーチができ、政府関係省庁にも諮問したりする・・・・。

 これら全てができる学者センセーである。

 だから、スーパーマンなわけ。

 そんなの理想の話。実際は、とうてい無理。

 もっと給料が高かったらもっとガンバルかもしれないが。体力・知力ともに限界というものがある。それに一日は二十四時間しかない。脳も一つしか持っていない。しかし、勤務評定では、それが期待されている。これが「冷たーい現実」なのである。

 この問題、実はもっと底が深い。

 そうなんです、オトウサン。

 というのも、三つある活動分野は実はおのおの幅が大変広い。で、それ、全部やる――あるいはやるように期待されている――わけ。

 では内訳を羅列してみよう。(わたしの分野である文系の例である。理系は少々違う。)

 ちょと長くなるが、まあ、以下の部分、サァーと流してみてください。

 まず研究活動。学術書(本)、学術論文、編集本に含まれている章の執筆・投稿――これら全て査読審査を経たのちに出版されなければならない。(論文に関しては平均成功率三〇%ほど。くわしくは別の機会に。)研究費の獲得(計画書提出)と国内・海外の学会での論文発表。(これらは競争や審査などの過程を経るので申し込んでも成功するとは限らない。)以上の研究活動に関しては、事実上のノルマが学部によって課せられている。そのほか、研究会やシンポジウムでの発表(しばしば論文執筆を伴う)や書評の執筆。

 もちろん、執筆活動にもとになる資料・データーの収集や分析は常に行っている。必要ならば研究助手を雇うべく公募・審査・監督作業がこれに加わる。さらに、最新の研究動向を追うため、研究書・論文など数本、随時読み込むといった、いわば「裏方の作業」を時間を見つけてする。さらには一本数百ページに及ぶ学術書原稿の査読や、研究誌数誌から送られてくる論文原稿を査読したりもする(もちろん、審査結果のレポートを書かなければならない)。

 合間をぬって、学術シンポジウムや研究会などの企画、財源確保、開催・運営、それに終了したあと発表論文の編集・出版。その他、自分の書いた学術書・論文の草稿や同僚の書いた草稿を随時読みあい相互批判することが習慣となっている。そのほか、政府関係から依頼される調査研究を引き受けることも。

 次に教育。

 まずは講義。学部一年生から四年生、さらには大学院と、さまざまなレベルの学生に対応して講義できることが求められる。(ちなみにコース最終講で学生アンケートが行われ、結果は勤務評定の基礎データーとなる。)講義にともなう一連の作業がこれまた煩雑(週ごとの講義の準備はもとより、レクチャーノート作成・改訂、面談・メール・電話による学生指導、補助資料作成、テスト作成・採点、教科書を選ぶか変えるために数冊全読することもある等々)。ときには数人にのぼる教育助手を採用・監督する。

 そのほか、各レベルの学生の論文指導(論文そのもののほか計画書作成も含む)――各講義クラスで三・四年生以上のものは論文がテストと同じく義務付けられているほか、卒業論文、修士論文、博士論文。一学期で百本ほど採点するのも珍しくない。

 目立たないものとしては、大学院レベルの試験官(大学院では様々な専門レベルの特殊試験があり、問題作成ならびに採点にかかわる)。大学院生の指導委員会のメンバーや、他の大学の書いた博士論文の審査委員を務めることも多い。

 最後に行政。

 これまた、多い。

 学内の各種、複数の委員会参加。ときには委員長として腕を振るわないとならない。学部内においても学部長、大学院担当係、学部担当係など学部運営上、重要な役職がある。いずれにしても会議書類作成や覚書作成など会議運営以外のことにも時間をさく。山積する問題を解決するため、「クリエイティブな」問題解決能力や企画能力が求められるのはもちろんのこと、各部署との交渉は茶飯事――理屈屋が多いので超高度の理論武装が必要(例えば大学の規則を空覚えできるぐらい)。

 学外においては、学会の委員会や役員会、あるいは役職という仕事もある。学会以外の外部団体――政府関係各省、政党、企業、非営利団体、市民団体――などとの接触(英語ではアウト・リーチ
outreach という)がそれに続く。もちろん、営業もする。大学の売りこみである。特にファンド・レイジング( fund raising )、つまり献金のお願い。頭を下げ下げ、献金をオネガイするのである。「大学のセンセーというのは社会的地位も高く、他人から頭を下げてもらうだけで、自分が頭をペコペコ下げるとは思わなかった」という同僚のボヤキも聞こえてくる。財団への援助申込書を作成するのがそれに続く。

 それに広報活動。たとえば一般市民むけの講演。観衆に感動を与えるか、あるいはユーモアで印象づけるか、いずれにせよ観衆に知的満足感を得てもらうべく「役者」となってパフォーマンスをしなければならない。マスコミにも専門家としてコメントするが、ヘマをしないよう下調べを徹底的にする――半時間のカメラ・インタビューのあと、実際のニュースでは一〇秒だけしか映らないのにもかかわらず。

 ということで、研究ならびに学外活動で大活躍のセンセーはキャンパスにあまりいないこととなる。講義や学内会議だけのために来校して、終わればピューッと下校する。超スター級の教授の場合、学生が個人面談を申し込もうとしても大変である。研究室での一五分のミーティングを予約するのに、少なくとも二週間、ひどい場合には二ヶ月も前に連絡を入れないと無理という話を聞いたこともある。大部屋役者級――すこし前の日本でいえば、ピラニア軍団級――の教授であるわたしの場合、部屋のドアをあけて「来訪歓迎」の札を下げて待っていても、だれも学生は来ないが。

 ゼイ、ゼイ、ゼイ(息切れの音)・・・、たくさんあるでしょ。

 これを書きだして自分自身驚いています。いやー、わたしもいろいろやっておるのだな、と。まんざらでもない。昔風にいえば「うーん、マンダム。」(といっても、若い読者のあなたには分からないかもしれないが。)
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テーマ : 教師のお仕事
ジャンル : 学校・教育

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性格は理系クンに限りなく近い文系学者。仕事の合間をぬって魚釣りにいそしみ、カナダの大自然をエンジョイしている。

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