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サバティカル(1)

 「サバ?なんでぇ、魚がどうしたんだぁ?」

 「なんかミュージカルみたい。音楽と関係あるんでしゅか?」

 「バチカル・・・・『ばちがあたる』の略・・・・ちゃうか?」

とまあ、皆さんはいろいろお考えになられるかもしれない。(まあ、少々オヤジギャグ・だじゃれチックであるがお許しのほどを。)
 サバティカルとかけて「芸上手の犬」と解く。そのココロは?

 「教えなくていい。」

 (「もう、ええっちゅーに」という関西系のぼやきが聞こえてきそう。)

 講義をせずに研究・執筆に没頭できる時間、これをサバティカル
(sabbatical)という。北米の大学では、数年間教えれば一年間このサバティカルがもらえる。例えば、カナダでは基本的に六年教えれば一年のサバティカル。このように定期的に「研究没頭期間」が回ってくる。実は細かく言えば様々なパターンがあるのであるが、基本的にはこの形である。

◆リフレッシュ休暇ではありません

 「えっ、遊んでるの?」

 サバティカルの最中、事情を知らない人にあうと、こう思われる。口に出なくても、そう思っている表情がアリアリ。
 まあ、無理もない。サバティカルの最中は大学に出勤してもしなくてもよいのだから。特に文系の場合、研究・執筆は自宅でもできる。

 「あそこのご主人、家でブラブラされているのかしら。」

 子供を学校に送り迎えすれば、事情を知らないオクサマ連中にささやかれる。(昔ではいざしらず、最近のカナダでは保護者などが子供の登下校に同行するのが事実上の決まりとなっている――日本と同様、子供を襲う変質者に対する警戒心が強くなっているので。)
 「きっちり出勤しなければ、仕事はしていない」とか「大学のセンセーというのは教えるだけ」という暗黙の前提を世間の人はもっているので、カナダでもこういうことになるのである。
 これが日本の大学事情となると、さらに都合が悪くなる。というのも、このサバティカルという制度、日本の大学には存在しない場合がある。統計は知らないが、サバティカルがない大学のほうが、ある大学よりも多いのではないだろうか。

 「一年もの間、教えないということは、その間は担当の講義をマルマル休むことになるから誰か同僚がカバーしなければならないわけでしょ。それに委員会とか行政の仕事も 休むわけだし、これまた同僚に迷惑をかけてしまう・・・・。」

となるかもしれない。まさに日本的集団主義対応。そんなの、あらかじめ、誰がいつサバティカルをとるのかは前もってわかっているので、学部運営上それなりに準備すればすむことである――とつい、「しょうゆ風」から「バター風」に思考パターンが変わってしまったわたしは思うのであるが、まあ、日本の大学、いろいろあってそうもいかないようである。
 例えば、ゼミ制度。センセーがべったりと責任もって学生を指導するという、この制度の下では、センセーが

「では一年間、研究に没頭するから、チミたち、勝手にやりたまえ。はい、さいなら。」

とはいかないであろう。しかし、よーく考えてみれば、これも解決できる問題である。(いかん、また、バター風思考が出てきてしまった。)
 日本の大学では在外研究制度というのがあって、在外研究――たいていは一年、ラッキーだったら二年、海外に出る――となれば大学を留守にするのである。ということで、「サバティカル制度なんて、前代未聞、日本の大学の現行制度・慣行下ではゼッタイに無理!」というのはウソである。工夫しだいで可能である――と思うし、実際にやっている日本の大学もある。
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テーマ : 教師のお仕事
ジャンル : 学校・教育

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Author:プロフェッサーX
性格は理系クンに限りなく近い文系学者。仕事の合間をぬって魚釣りにいそしみ、カナダの大自然をエンジョイしている。

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